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月刊きょうされんTOMO【2017年11月号】☆寄稿:ハリス鈴木絵美さん

東日本大震災 6年目を迎えての声明

2017年3月11日

東日本大震災とわたしたちの6年

きょうされん理事会

 6年前の3月11日、観測史上最高のマグニチュード9.0の大地震は巨大津波を引き起こし、東日本に襲いかかりました。死者・行方不明者は1万8,449人(※1)、全半壊家屋は40万棟以上。さらに大地震は、原子力発電所の「安全神話」を打ち砕き、福島第一原発の爆発で拡散した放射能汚染は長年住民が守り続けてきた農地や漁場など地域の産業の場を、そして家族やコミュニティなど、かけがえのない日常を、奪い去りました。

 あの日から6年、復興住宅をはじめインフラの整備や、陸前高田市での当事者参加の街づくりなど住民あげての復興事業が進む一方で、被災地からの人口流出は止まらず、先行きが見えない状況も続いています。とりわけ福島県では、次々と相双地域の避難指示が解除され帰還が可能になっているものの、放射能への不安や生活再建のめどがたたない事態が続いており、避難者は依然7万9,228人、うち県外避難者は3万9,598人にのぼっています(※2)。加えて帰還することへの不安が数多くあるにも関わらず、自主避難者への住宅無償提供の打ち切りなど、被災者に背を向けた政策が続いています。

 震災関連死は全体で3,523人、内福島の関連死2,086人(震災関連死全体比59.2%)の数字がそれを裏付けています(※3)。最近では、福島から避難している児童へのいじめが問題となり、被災したことに加えて二重・三重の苦しみが厳然としてあることが報道されました。

 また、昨年4月14日・16日、マグニチュード6.5・7.0の地震が、九州熊本地方で発生しました。わたしたちはこの6年間で二度も大きな地震にみまわれました。

 災害時、さらには災害後に社会的弱者が最も窮する事態に追い込まれる事実は「東日本大震災時の障害のある人の死亡率は2倍(NHK:2011年9月11日発表)」で明らかになりました。また、二つの大きな地震での支援活動を通じて、わたしたち自身が、現地でその事実を目の当たりにしてきました。しかし、熊本地震では、バリアフリーとは名ばかりの仮設住宅などをめぐり、東日本大震災の教訓が活かされた具体的な制度として機能していなかったことがはっきりとしました。

 きょうされんは、震災発生直後から支援活動として、現地への職員派遣、募金活動、被災地事業所の事業販売活動に寄与する「東北物産展」を継続してきました。また、再建を図る被災事業所への助成事業、福島県南相馬市の事業所への職員確保・育成に関わる支援も続けてきました。

 7年目の今日、わたしたちは被災地の障害のある人を復興の主体とし、すべての人が安心してくらせる地域づくりにつながる活動を、また、ここから、被災地とともにはじめます。きょうされんが40年間、全国の会員・当事者・家族、その関係者と育ててきた「共感」「共有」「協力」してきた歴史とその積み重ねを礎に、以下のとりくみを行ないます。

1.きょうされん東日本大震災災害対策本部を継続して設置し、東日本大震災・熊本地震など被災地の障害のある人や事業所を支援します。また、各地の災害から得た教訓の社会化、制度化に結びつける運動を行ないます。

2.きょうされん結成40周年事業として「震災と障害者」をテーマにした映画づくりを、被災地の声を大切にしながら進めます。

3.被災地での教育・研修活動を今年度も企画・実施し、被災地の現状から学び活かす活動を行ないます。

※1 2016年12月9日 警察庁発表
※2 2017年2月13日現在 復興庁資料より
※3 2016年9月30日現在 復興庁資料より

◆声明「東日本大震災とわたしたちの6年」PDFダウンロード

「東日本大震災から6年」―鳥取から
「東日本大震災から6年」―熊本から
「東日本大震災から6年」―宮城から
「東日本大震災から6年」―岩手から

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