2004年 特別寄稿
宇都宮病院事件から20年、何が変わったか
きょうされん顧問 秋元波留夫
きょうされん顧問 秋元波留夫

世界的潮流から取り残された日本
 栃木県宇都宮市の私立報徳会宇都宮病院で入院患者の人権蹂躙事件が発覚したのは 1984年3月14日のことです。わが国の精神医療の退廃のシンボルといってよいあの忌まわしい事件は精神科医であるわたしにとってなんともいいようのないやり切れない恥ずかしい想いでした。それから20年、日本の精神医療を良くするためにあの事件の教訓は生かされたのでしょうか。みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
 みなさんは「クラーク報告」のことをご存知ですか。WHO顧問として1967年11月に来日したイギリス、ケンブリッジ、フルボーン病院の当時の院長デービッド・H・クラークは「日本における地域精神衛生。WHOへの報告」(1968)のなかでわが国の精神病院の通弊とそれを黙認している政府の無策を指摘して次のように述べています。
 日本の精神病院には非常に多くの分裂病者が入院しており、長期収容による無欲状態に陥っている。厚生省はこの状態を改善するために作業療法、社会療法などのリハビリテーションの推進を図るべきである。
 日本政府に精神保健活動が不十分であることに対して真剣に考慮するよう勧告する。
 
起こるべくして起きた忌まわしい事件
 欧米先進国では1950年代後半から新しい抗精神病薬の開発、人権意識の昂揚などの影響で精神医療の精神病院施設中心から地域生活支援中心への移行(脱施設化と呼ばれています)が活発となり、脱施設化の先鞭をつけたアメリカではその主要精神医療施設である州立病院の病床が1950年代の50万から1960年代後半には10万に激減しています。クラークの指摘のようにひとりわが日本は脱施設化の世界的潮流から取り残されていたのです。その原因はクラークが言うように、日本政府の精神保健活動が不十分なことにありますが、それは政府の精神保健活動を保障する法制度が欠如していたためです。「精神衛生法」という国の精神医療、精神保健施策の基準を定める法律が1950年につくられていたのですが、精神病院法(1919年制)の隔離収容主義をそのまま受け継ぎ、その上、私立病院に対する国の財政的助成が制度化されたことが大きな力となって、精神病院、特に私立病院が盛んにつくられるようになりました。これに拍車を欠けたのが結核病院の精神病院への鞍替えの激増です。これは抗結核薬の開発によって結核患者が減り、結核病院が立ち行かなくなったためです。急増した病院のなかには医療、看護の質の面で劣るものが少なくありませんでした。宇都宮病院事件は院長の資質が問われ処罰された犯罪ですが、それはこのような時代おくれで、不備、欠陥だらけの精神衛生法のもとで起きるべくして起きたのであり、クラーク報告以後20年にわたって国が精神衛生法改正を怠ってきた当然の結果でもありました。
 
重い腰をあげた政府 はたして教訓がいかされたのか
 わたしたち精神保健に関与するものは1960年代後半から脱施設化を進めるための精神衛生法の抜本的改正を政府に要求し続けてきたのですが、暖簾に腕押しで終わっていました。それが宇都宮病院事件が起き、国の内外からの激しい非難が高まると政府はやっと重い腰をあげて精神衛生法を精神保健法と改め、遅蒔きながら、はじめて入院患者の人権の保障、社会復帰施設の制度化など当然なことを定めました。事件から4年後の1988年のことです。この事件がなければ精神衛生法の改正ははもっと遅れたにちがいありません。1995年には、障害者基本法の施行に伴って、それまで皆無であった精神障害者の福祉施策を精神保健法に取り込み(身体障害者、知的障害者にはそれぞれ独立の福祉法があります) 「精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律」(精神保健福祉法)に改めらました。精神保健法、それに続く精神保健福祉法のもとで15年の歳月が過ぎましたが宇都宮事件の教訓は生かされたでしょうか。あの事件の後にも、長野県、愛知県、大阪府でおきた入院患者の人権侵害、看護師水増し、脱税などの「精神病院不祥事件」や、入院患者を「固定資産」だと豪語する精神病院の院長の存在など、精神病院と精神医療に対する杜会の信頼を損ねる事件がたえません。それだけではありません。いま精神病院では脱施設化に逆行する社会的入院が増えて大きな問題になっています。
 政府が一昨年、2002年12月に公表したた「障害者基本計画」には「入院医療中心から、地域における保健・医療・福祉を中心とした施策を推進し、退院、杜会復帰を可能とするためのサービス基盤の整備を目指す」と謳われており、授産施設など向こう5年間の数値目標を掲げました。政府もようやく社会的入院の重大性に気づき、施策の舵を切り替えようとしています。本気で実行してもらわなければなりません。
 
この国に生まれたことを喜べる時代をもたらすために
 このような政府のこれまでの精神医療、精神保健施策の遅滞と怠慢を批判し、共同作業所づくりをはじめとして、脱施設化のための実践に取り組み、その成果を挙げてきたのがわたしたちの「きょうされん」です。それは宇都宮病院事件に象徴される日本の精神医療の退廃に対する抗議であり、警告でありました。
イラクの戦争が泥沼化した2003年は終わり、新しい年、2004年を迎えました。今年を戦争にまきこまれる年にしてはなりません。戦争が障害者とそれをまもる運動を破滅させることを歴史は教えています。
 精神障害者はもとより、すべての障害者がこの国に生まれたことを喜べる時代をもたらすために、「きょうされん」の仲間たち、全国のTOMOの読者のみなさんの奮闘を今年も期待して、新年のメッセージをおくります。
※機関紙月刊きょうされんTOMO2004年1月号より

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